他人の空似

2010 年 9 月 5 日

th123_aiのウイルス騒ぎ

Filed under: 未分類 — 中の人 @ 4:52 PM

もちろんth123_aiはウイルスじゃありません、念のため。

一個前の版とか、手元でコンパイルしたものは引っかからなくて
あくまで現在最新版扱いで再配布されていたりする版だけが引っかかるという不思議。
たぶん、ウイルス検出判断に使われているバイナリコードの一部がたまたま合致したとかそういう話なんでしょう。

ただ気になるのは、特定のアンチウイルスソフトのみではなく、多数のアンチウイルスソフトから検出されている点。
単に、そのウイルスのみに見られるユニークなバイト列を検索して~なんてアルゴリズムであれば、ベンダーごとに検出に使うバイト列が異なるため、こんなにも色々なソフトで誤検出されることはないはず。
だからといって、処理の流れを読んでいるのなら前後のverが引っかかるはず。
単にファイルのハッシュを比較しているだけで、たまたま合致したとかそういう話なのだろうか?
それとも、アンチウイルスソフトに技術情報を提供している会社か何かがあって、そこが提示した情報を皆して使っているから複数で誤検出されたとか?

色々考えはするものの、どう考えても自力で対処できる話ではありません、本当に(ry

対人能力的優先付け

Filed under: 未分類 — 中の人 @ 1:50 AM

人付き合いの達人というか、苦労もせず他人と付き合えちゃう人に、ある種の共通点を見つけた気がする。
それは優先付けのようなもので、距離感とも計算高いともいえるようなもの。

たとえば、人にお願いされたとき、それを断るときと受け入れるときの按配が絶妙であるとか
人にお願いしたり押し付けたりするとき、それをしてもいいか悪いかの判断が絶妙であるとか。

つまり、表面上やその内容に関わらず、それが相手にとって大事なことであるか否か、といった判断が恐ろしく巧みなのだ。
その点、自分のように下手な人は、冗談を真に受けたり、本気の言葉を冗談と思って覚えもしない。
やはり、重要か否かの判別のうまさ、これが対人能力の高さをあらわす手っ取り早いものさしなのだろう。

といっても、優先付けの能力と一言で言っても、物事によってその内容は大きく変わる。
対人能力が高かろうと、コードリファクタリングの優先付けなどできようはずがないわけだ。
いったい何がどう影響し、対人能力としての優先付けを行う能力となっているのか?
誰に聞いても言葉を濁されるこれをいつか知ることが出来たらいいな。

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